横浜地方裁判所 平成2年(レ)13号 判決 1991年1月11日
控訴人
日本信販株式会社
右代表者代表取締役
山田洋二
右訴訟代理人弁護士
田邊尚
被控訴人
富崎豊太郎
右訴訟代理人弁護士
惠崎和則
主文
一 原判決を取消す。
二 被控訴人は控訴人に対し、金六二万四〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年三月二八日から支払済みまで年29.2パーセント(一年を三六五日とする日割計算)の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審ともに被控訴人の負担とする。
四 この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
主文同旨
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 控訴人は昭和六二年六月二〇日訴外有限会社新富(以下「有限会社新富」という。)との間で、以下の約定によるファイナンスリース契約(以下「本件リース契約」という。)を締結した。
(一) リース物件 ファクシミリ、複写機各一台(以下「本件リース物件」という。)
(二) リース期間 昭和六二年六月二〇日から五年間(六〇か月)
(三) リース料 一か月当たり金一万二〇〇〇円(総額金七二万円)とし、これを毎月二七日限り支払う。
(四) 特約
(1) 有限会社新富がリース料の支払を一回でも遅滞したときは、当然に残リース料全額を直ちに支払う。
(2) 期限後の遅延損害金は、年29.2パーセント(一年を三六五日とする日割計算、以下同じ)とする。
(3) 有限会社新富は、本件リース物件の引渡を受けたときは直ちに検査を行い、物件受領書を控訴人に交付する。また、有限会社新富が右物件を受領する際に瑕疵を発見した時は、直ちにこれを控訴人に通知するとともに物件受領書にその旨を記載しなければならず、右の記載を怠った場合には、右物件には瑕疵がないものとする。
2 被控訴人は前同日控訴人との間で、本件リース契約に基づき有限会社新富が控訴人に対して負担する一切の債務について被控訴人が連帯して保証する旨の契約(以下「本件連帯保証契約」という。)を締結した。
3 仮に右2の主張が認められないとしても、
(一) 訴外新妻昌男(以下「新妻」という。)は前同日控訴人との間で、被控訴人のためにすることを示して本件連帯保証契約を締結した。
(二) 被控訴人は右契約締結に先立って新妻に対し、控訴人との間で本件連帯保証契約を締結する代理権を与えた。
4 仮に、右3の主張が認められないとしても、①被控訴人は有限会社新富の事実上の共同経営者である新妻に対し、同人が同会社の事務的事項につき、代表者である被控訴人の肩書氏名を使用して法律行為をすることを一任し、②「有限会社新富専務取締役富崎豊太郎」名義のゴム印及び被控訴人個人の実印を預けていたという事情に加えて、③中小企業に属する会社のリース契約について会社代表者が個人で連帯保証契約を締結するのが通常であることからすれば、控訴人の社員が新妻に被控訴人の代理人として本件連帯保証契約を締結する権限があると信じたことについては正当な事由がある。
5 控訴人は有限会社新富に対し、前同日、本件リース契約に基づき本件リース物件を引渡した。
6 有限会社新富は控訴人に対し、昭和六三年三月分以降のリース料の支払を怠ったので、昭和六三年三月二七日の経過をもって残リース料全額金六二万四〇〇〇円につき期限の利益を喪失した。
7 よって、控訴人は被控訴人に対し、本件連帯保証契約に基づき残リース料金六二万四〇〇〇円及びこれに対する期限の利益喪失の日の翌日である昭和六三年三月二八日から支払済みに至るまで年29.2パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は否認する。
被控訴人は、昭和六二年六月ころ、新妻から当時同人が経営していた訴外有限会社丸二(以下「有限会社丸二」という。)への経営上の協力を求められ、専務取締役に就任することを承諾したが、昭和六二年六月二〇日当時、有限会社新富という名の法人は存在しなかったから、かかる架空の法人を相手方として締結された本件リース契約は不成立又は無効であり、したがって本件連帯保証契約も効力を生じない。
2 同3のうち、(一)の事実は不知、(二)の事実は否認する。
3 同4のうち、控訴人会社社員が新妻に代理権があると信じたとの点は不知、その余の事実は否認する。
4 同5の事実は否認する。
三 抗弁
控訴人には、昭和六二年六月二〇日の本件連帯保証契約の締結に際し、被控訴人に対する直接の意思確認及び有限会社新富の商業登記簿の調査を怠った重大な過失があるから、新妻に代理権があると信じたことについて正当事由がない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一本件リース契約の成否について
<証拠>に弁論の全趣旨を総合すると、
1 被控訴人は、昭和六二年六月ころ、新妻から当時同人が経営していた有限会社丸二に共同経営者として参加するように依頼され、これを承諾した。その際、被控訴人は、倒産の前歴があり、かつ多額の負債を抱えている新妻が同社の取締役でいたのでは金融取引ができないため、被控訴人が同社の代表権のある取締役に就任し、新妻は同社の取締役にならないこと、及び同社の商号を、新妻と被控訴人の姓から一字ずつ取って有限会社新富に変更することについても了承した。
2 有限会社丸二は、昭和六二年六月ころ、新妻が以前ハマショウの名で青果・魚介類の卸売販売をしていた横浜市戸塚区舞岡町所在の事務所をそのまま利用し、商号変更登記手続前であるにもかかわらず、有限会社新富の商号を使用して営業を開始した。被控訴人は、昭和六二年六月ころから右事務所に出入りし、販売業務を担当することになったが、商品の仕入、事務機械等の購入及び会社の経理については実質上の共同経営者であり、かつ専ら仕入業務を担当していた新妻にこれを一任し、新妻が有限会社新富専務取締役富崎豊太郎名義を用いて取引きすることを承認していた。
3 新妻は、昭和六二年六月二〇日、有限会社新富こと有限会社丸二(以下有限会社新富ともいう。)を代理して訴外横浜オフィスオートメーション株式会社との間で、控訴人を賃貸人、有限会社新富を賃借人として、請求原因1項同旨の約定の記載のあるリース契約書(<証拠>)を作成し、その際、右契約書の賃借人欄に「有限会社新富専務取締役富崎豊太郎」のゴム印及び取締役印を押捺し、これを右訴外会社を通じて控訴人に差入れた。
4 有限会社新富は、昭和六二年六月二〇日本件リース物件の引渡を受け、これを舞岡町の事務所に設置したが、被控訴人は、同年七月以降は右事務所に毎日出社し、本件リース物件が右事務所に設置されていることを認識していた。
5 有限会社丸二は、昭和六二年七月三〇日、その商号を有限会社新富に、その目的を青果物及び魚介類の卸及び小売にそれぞれ変更した旨の変更登記、及び被控訴人がその取締役に就任した旨の就任登記の各手続をし、また同年八月一三日には、横浜市戸塚区舞岡町三六一二番地の一に支店を設置した旨の登記手続をした。
以上の事実が認められる。
原審及び当審における<証拠>中、右認定に反する部分は、前記認定事実に照らし採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
上記認定事実を総合すると、新妻は、少なくとも有限会社新富の通常の業務の範囲内の取引行為については、有限会社新富専務取締役富崎豊太郎の名義を用いて契約を締結する権限を与えられていたものと認められるから、通常の業務の範囲内の取引行為である本件リース契約締結についても同様の権限を有していたものと認めるのが相当である。
被控訴人は、本件リース契約が締結された昭和六二年六月二〇日当時有限会社新富という名称の会社は存在しなかったから、かかる架空の法人を相手方として締結された本件リース契約は不成立又は無効であり、したがって、本件連帯保証契約も効力を生じない旨主張するが、その当時有限会社丸二は、その商号変更の登記手続前から有限会社新富の商号を使用して取引を行なっていたもので、かかる事情から本件リース契約も有限会社丸二が有限会社新富の商号を使用して締結したものであること、及びその後の昭和六二年七月三〇日有限会社丸二はその商号を有限会社新富に変更した旨の変更登記手続きをしたことは、前記認定のとおりであるから、本件リース契約当時、控訴人の取引相手が不存在であるとか、架空の法人であるということはできない。
したがって、有限会社新富が架空ないし不存在の法人であることを前提として、本件リース契約及び本件連帯保証契約の不成立又は無効をいう被控訴人の右主張は、その前提を欠くもので、失当である。
そうすると、控訴人と有限会社新富との間の本件リース契約は、昭和六二年六月二〇日成立したものということができる。
二本件連帯保証契約の成否について
1 まず、被控訴人は、原審において、本件リース契約書(<証拠>)の連帯保証人欄に押されている「富崎豊太郎」という印影が被控訴人の実印によって顕出されたことを認める供述をしたが、当審においては右の供述を翻し、「原審においてそのように述べた事実はなく、単に右印影が自己の実印による印影と似ている旨供述したものにすぎず、右印影が自己の実印によるものであることは認めることができない。」旨供述する。
そこで検討すると、右印影は被控訴人の氏名の刻まれた印鑑によるもので、市販の有り合わせ印によるものでないことが認められるうえ、本件においては、①後記認定のとおり、新妻などの第三者において、被控訴人名の印鑑の偽造などまでして本件リース契約を締結しなければならないような事情は窺えないこと、②被控訴人の供述に前記のような変遷が存在すること、また、③右印影が被控訴人の実印によるものでないとすれば、被控訴人において自己の印鑑証明書を提出するなどして反証を挙げることがきわめて容易であると思われるのに、自己の実印によるものでない旨否認するのみで反証を挙げようとしないこと、等の事情も併せ考慮すると、本件リース契約書の連帯保証人欄に押されている「富崎豊太郎」という印影は、被控訴人の実印によって顕出されたものと推認するのが相当である。
2 次に、被控訴人は、原審及び当審において、本件リース契約書連帯保証人欄の被控訴人名の印影が被控訴人の実印によるものであるとしても、被控訴人は新妻から有限会社新富の取締役就任に必要だと言われて、新妻に被控訴人の実印を預けたことがあり、それが冒用されたと考えられる旨の供述をする。
しかしながら、当裁判所は、右1の事実に左の(一)ないし(四)において認定する事実を総合すると、以下に判示するとおり、本件連帯保証契約は被控訴人の意思に基づいたものと推認するのが相当であると考える。すなわち、
(一) 被控訴人は、前記認定のとおり、有限会社新富の取締役に就任することを承諾し、同社を代表することになったものであるが、中小企業に属する会社がリース契約を締結する場合には、会社代表者が個人でリース料債務の支払を連帯保証することが通常であること、
(二) <証拠>によれば、被控訴人は、新妻の要請に応じて有限会社新富に運転資金として三〇〇万円を貸付けたほか、被控訴人の親戚の不動産を有限会社新富のために担保に提供させ、これにより有限会社新富は横浜信用金庫東戸塚支店から一〇〇〇万円を借入れることができるように取り計らうなど、有限会社新富の共同経営者として、同社のために資金面でかなりの協力をしていたことが窺われるところであるから、右借入金額に比べれば小さい額の総額七二万程度の債務の連帯保証を、新妻が被控訴人に依頼することについて、とくに障害があったとは認められない。また、本件全証拠によるも、本件リース契約を締結するについて、新妻が被控訴人の連帯保証を約する書面(<証拠>)を偽造までしなければならないような必要に迫られていたとの事情も窺うことができない。
(三) <証拠>によると、昭和六二年六月二三日、当時控訴人会社の審査係であった訴外小原が被控訴人に対し、電話で保証意思の確認を行ったところ、被控訴人の住所、氏名、年齢、家族構成等につき本件リース契約書(<証拠>)の記載内容に全て一致する結果を得た旨、更に被控訴人に連帯保証をする意思のあることを確認した旨の記録が控訴人のもとに残されており、控訴人は右の確認の結果に基づき本件リース契約の締結につき承認を与えたことが認められる。
(四) <証拠>によれば、その後、有限会社新富が昭和六三年三月分以降のリース料支払を延滞したので、同年七月三一日、控訴人会社横浜支店社員の大川憲一が被控訴人に電話して、本件保証債務の支払を請求したところ、被控訴人は、有限会社新富の車のローンの支払をしていて、これ以上の支払が不可能なので、この件については弁護士を通じて書状を提出するから待って欲しい旨回答したが、特に本件保証債務の存在を否定する旨の言動はなかったこと、また被控訴人は控訴人に対し、昭和六三年八月二〇日ころ、手紙(<証拠>)を送ったが、その内容は専らリース料の支払を遅延していることへのお詫びであり、本件連帯保証債務の存在を否定する趣旨ではなかったこと、以上の事実を認めることができる。
原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、上記認定事実に照らし採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
3 上記認定事実を総合すると、仮に本件リース契約書連帯保証人欄の被控訴人名義の署名押印は新妻においてこれを行ったものだとしても、被控訴人はこれに了解を与えていたものと推認するのが相当である。そして、そうだとすれば、被控訴人は新妻を通じて本件リース契約書を控訴人に提出させることにより、控訴人との間で本件連帯保証契約を成立させたものと認められる。
三<証拠>によれば、請求原因6の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
四以上の次第で、控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容すべきところ、これと異なる原判決は失当であって、本件控訴は理由がある。よって、原判決を取り消して控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を、仮執行宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官渡辺剛男 裁判官丸地明子 裁判官横田麻子)